【9/3 30校セッション・ミーティング】実施までのいきさつ
実は「30校の学校別女子生徒数リスト」の作成を、半年ほど前から教育課にお願いしていましたが、そのリストが送られてきたのはルリンド郡に到着してから。「いつも直前まで動きが無い」姿勢は分かってきたところですが・・・本来はリストの学校別人数をもとに、プロジェクトの支援額を決めるのですが、それが出来ずに見込みで対処しました。
また、当初打合の予定だった3日に郡庁に行くと、本来4日だったセッション・ミーティングが変更されていて、いきなり教育長から「みんな待っているよ!」と告げられ、慌ててホテルに戻り日本からの備品を持って会場に向かいました。これまで幾度も ルワンダ人感覚を経験し、土壇場に強いと自負していた私ですが、さすがに慌てました。
また、当初打合の予定だった3日に郡庁に行くと、本来4日だったセッション・ミーティングが変更されていて、いきなり教育長から「みんな待っているよ!」と告げられ、慌ててホテルに戻り日本からの備品を持って会場に向かいました。これまで幾度も ルワンダ人感覚を経験し、土壇場に強いと自負していた私ですが、さすがに慌てました。
送金は、セッション・ミーティングの翌々日(9/5)27校しか送金できません。
送金手続きのため、紹介された「教師のための信用協同組合」を訪ねました。教育長から予め支店長に連絡されていたので、直ぐに支店長のデスクへ案内され、彼女へ学校リストとルワンダフラン(キガリで予め交換)を提出しました。
ただし対象の女子生徒数のリストを受け取ったのが、セッション・ミーティングの前日で、その時点で生徒数の合計人数が分かったため、不足額はフランに追加交換して送金しようと考えていました。
※送金予定の学校は、合計で34校。これは、今回第2期の30校 + 第1期の4校(今年に入って、プロジェクトを開始。経費として4校に)ですが、手持ちのフランでは27校分で、あとの7校分が足りません。
ところが「ルリンド郡内では交換できる所がありません。先ずキガリかムサンゼで交換してまた来てください!」との事。ちょっと待って!! 移動自体はそんなに簡単ではありません。思わぬ状況に、先ず30校のうち27校分の送金手続きを済ませ、残り3校+4校分はキガリで交換後、同組合のキガリ支店で送金する様にと言われました。
9/6キガリに戻るのも一苦労。乗合バスに中々乗れません
送金手続きは、9/6(金)中に済まさなければなりません。これが遅れると翌日帰国できなくなります。
実は今回は前回まではさほど感じなかった厳しい状況に遭遇しました。
それは乗合バスに中々乗れないのです。乗客が満杯で補助席を入れて横4人のところ5~6人押し込まれます。バス停で30分ほど待ち、その間バスは2~3台通過しますが、それでも必ず乗れるとは限りません。代わりにバイクタクシーを使わざるを得ないのですが、郡内の移動はまだしも、さすがにルリンド郡からキガリまで、バスで約1時間の距離を、バイクに乗せられて走るのは大変すぎます。
それは乗合バスに中々乗れないのです。乗客が満杯で補助席を入れて横4人のところ5~6人押し込まれます。バス停で30分ほど待ち、その間バスは2~3台通過しますが、それでも必ず乗れるとは限りません。代わりにバイクタクシーを使わざるを得ないのですが、郡内の移動はまだしも、さすがにルリンド郡からキガリまで、バスで約1時間の距離を、バイクに乗せられて走るのは大変すぎます。
“天は自ら助くる者を助く” ほんとにラッキーでした。感謝です!!
9/6キガリに向かう朝、宿のご主人が「荷物も有るし、車でバス停まで送るよ!」と言ってくれて助かりましたが、果たしてキガリ行きのバスに乗れるかどうか?不安な気持ちでいると、1台の乗用車が止まり、紳士風の男性が何か話しています。すると宿のご主人が私達の荷物をその車のトランクに入れて、「早く乗りなさい!キガリまで行くようなので」と促しました。
何が何だか分からないまま乗り込むと、ドライバーは若い女性で「一人でも、皆さんと一緒でも同じなので」とにこやかに挨拶を。
何が何だか分からないまま乗り込むと、ドライバーは若い女性で「一人でも、皆さんと一緒でも同じなので」とにこやかに挨拶を。
つまり紳士風の男性はヒッチハイクをしていて、そんなやりとりを聞いた宿のご主人が、背中を押してくださったのでした。彼女は「お金は結構ですよ!」とも言われ、何だか不思議な、天が手を差し伸べてくださったかの様に思われました。
さらに、キガリの支店で支払う前に両替する必要があるのでと場所を聞くと、何とその信用協同組合本店のすぐそばの両替所まで連れてってくださり、その後、その本店で、無事残りの学校への送金を済ませることが出来ました。
生憎、カメラ類は車のトランクに載せたため、彼女の写真は撮れませんでしたが、とっても素敵な女神でした。
生憎、カメラ類は車のトランクに載せたため、彼女の写真は撮れませんでしたが、とっても素敵な女神でした。