― “バナナペーパー(BP)工房”が完成―
「BPプロジェクト・キブンゴチーム」が新製品を製作・販売へ!

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※当レポートは、拙著「ルワンダに灯った希望の光 - 久美子のバナナ和紙」(2017年3月出版)http://hat.site-omakase.com/html/book.html の続きとなります。

2019/1/ 24~2/6 ルワンダ訪問(19回目)

今回の訪問は、新たに完成したキブンゴのBP工房を中心に、スタッフの充実とBP新製品の製作・紹介を目指しました。

現在のBPクラフトのアイテムの限界を感じる

昨年(2018)6月から 「キガリ・ファーマーズ & アーティザンズ・マーケット(KFAM)」に、毎回出店していますが、キガリでの販売は、主に外国人の居住者そして富裕層がターゲットで、そのため25,000~30,000フラン(公立学校の教師の月収は約50,000フラン前後)もするランプシェードを販売しています。またKFAMでの販売がきっかけで、個別にご注文をいただく機会もあります。
そうした中で、従来のカードやランプシェードに加えて、現地の生活に即した、中所得者層の人達も購入できる、気軽に使ってもらえる製品を紹介したいと、考えるようになりました。その為にも、新しいアイデアを形にするスタッフの充実が不可欠です。
しかし、現在は主にキガリのムギシャとセルセの作品を出品するのみで、彼らアーティスト特有の占有意識もあり、新たな試みや広がりに乏しい状況でした。
結論として、二人は、それなりにBPクラフトで自立しており、彼らとは別に、私自身が、現地で新たに核となるBPスタッフ(製作・販売)を育て増やしていく以外にない、と考えました。

2018年/6月キブンゴにBP工房の建設を検討、同年8月に一時金を払う。
ガサナとロバートに、BP製作の基本を教える

第一段階として、2018年6月訪問時に、キブンゴにBP工房を再度建設すると決め、物件の現地調査を依頼。同年8月の訪問時、最終的に紙漉きの中心メンバー、ガサナの住居に隣接して建てることを決定し、一時金を渡しました。 
※それまでは、BP製作は、彼らの住居と庭に近隣のスタッフが集まって、紙漉きをしていました。

 8月の時点では工房が無いため、私の宿泊先のホテルに、ロバートとガサナに来てもらって、そこでノートとペンそしてスケールを渡し、“◎習ったことをその都度ノートに記す。◎スケールでBPまた布を正確に測る”等の基本を確認しながら、「ペンホルダー」の作り方を教えました。彼らは真剣な姿勢で学んでいました。 
【詳しくは!】
◆ 「BPクラフトの販路拡大(キガリ)」と「BPの安定供給(キブンゴ)」の連動を!
http://hat.site-omakase.com/html/ruwanda/rwanda_180601.html
◆ キブンゴに工房を建てて、バナナペーパー(BP)及びBPクラフトの生産体制を充実      http://hat.site-omakase.com/html/ruwanda/rwanda_180801.html

コベパキのチャレスがBPを作り続けている

さらに、この時(8月)、キブンゴ手工芸品販売協同組合(コベパキ・COVEPAKI)のチャレス (Charles) が、現在もBPを作り続けていることを知りました。
※チャレスは、ルワンダ・キブンゴで、2011年にHAT・BP工房を建てて、初めてバナナペーパー(BP)プロジェクトを開始した時の、中心的アーティストです。 

私は、そのチャレスと、ロバートとガサナで、キブンゴチームを作ろうと考えました。
幸いなことに、ロバートとガサナと共に紙漉きをしていた青年の一人(パトリック)が、英語を話せることが分かり、彼にスマホを与えて、私(日本)とキブンゴチームとの連絡係として働いてもらうことにしました。

「キブンゴチーム」の発足

キガリからキブンゴに移動した1月27日の13時に、ホテル(St.Joseph)で3人との再会を約束していました。何とルワンダでは珍しく、全員時間通りにやって来ました。
初めて会ったチャレス、ロバート、ガサナ & パトリック達。まず昼食を共にしながら自己紹介をし、私の考えを話した後(事前に根回しもしていたので)、晴れてキブンゴチームが結成されました。
早速6日後に迫ったKFAMで紹介する新製品の打合せです。今回日本で考えてきた試作品 ワイヤー不使用のmini-lump(ミニランプ)を見せると、ロバートとガサナは「おーっ!是非作りたい!」とやる気満々。経験豊富なチャレスは、ニコニコしています。何か考えがあるのでしょう。

工房で、ミニランプの製作開始

翌日(1/28)、チャレスと共に、完成した工房に向かいました。キブンゴからバスでレメラまで向かうのですが、バスが何時に出るのか分からず、結局バイク(モト)で、さらにレメラでバイクを乗り換えて15~20分ほど、未舗装の道を揺られながら走ります。
ちなみにロバート達は、私の宿泊先のホテルへ来る時は、いつも徒歩で2時間ほどかけてやって来ます。ようやく到着した工房は、材料の保管部屋と、椅子や机が用意され7~8人が作業できる大きな部屋との2部屋です。ただし、まるで家畜小屋の様な臭いが強く、私には少々シンドイ環境です。
到着後すぐにチャレスが「こんな作品を作る」と説明しているところに、ガサナの奥さんのジャニンが、ランチを運んできました。揚げたポテトとライスに、トマトから作った?ソースをかけたルワンダ料理です。皆でほおばりました。
その後チャレスは先に帰り、いよいよmini-lump の製作開始です。その日は基本の骨組みの製作に終始しましたが、ロバートとガサナ、パトリックはその都度ノートに書きながら真剣そのものです。

引き続きミニランプ製作。宿題を与える

1/29、一人でバイクを乗り継いで工房に着きました。午前9時作業開始です。ロバートとガサナはエプロンをかけて待っていました。ほぼ一日かけてmini-lump の形が出来た段階で、台となる木型と電気配線、そしてランプのデザインを宿題としました。
実はこの日、通訳のパトリックに昼から他の仕事を依頼したのですが、ロバート達は「それは困る。それなら朝7時から教えて欲しい!」と言うので、私は「朝ごはんの邪魔にならないの?」と聞くと、3人は笑い出しました。理由は、「この辺りは貧しいので、みんな3食は食べない。起きて農作業をし、昼頃お腹がすくと何かを食べる」といった感じのようです。結果的にパトリックに依頼した件はキャンセルとなりましたが。

ミニランプ、期待以上の仕上がり

1/30も一人で工房まで行くと、ロバート・ガサナとも宿題を、きっちりと期待以上に仕上げていました。全く異なる2人のデザインを貼りつけて、木型の台に置くボトムの部分と、残りの細部を仕上げて完成です。2人とも何度もスイッチを入れては、自作のmini-lumpに見とれていました。
なおチャレスから、「作った製品を、久美子のホテルに持っていくので見て欲しい」との連絡が入りました。夕方ホテルに戻ると、彼はサンプルを持参し、「こんな感じで良いか?いくらで売ったら?」等の確認でした。

KFAM(2/2)で、ミニランプ、イヤリング、BP壁掛けなどを販売

こうして迎えた2月2日のKFAMでは、大型ランプシェードとmini-lump、従来のカードに加えて、チャレス作のバナナ茎の皮でデザインしたBP壁掛け、そしてイヤリングなど、新たなアイテムが並びました。
あいにく全体的に客足が低調でしたが、チャレスは「今度はこんなのを作りたい!」と、すでに次回に向けて考えているようでした。またパトリックは「キガリに行ったのは4回だけ」と言っていましたが、今回のマーケットへの参加は、大いに刺激となり、学ぶことも多かったと思われます。

セルセが、注文を受けたBP挨拶状や、レベルの高いカードを持参

翌日(2/3)、マーケットには参加しなかったセルセが、宿まで会いに来ました。
実は一昨年暮れにJICAからBPのクリスマスカードのご注文をいただきましたが、そのカードを受け取った「WaterAid Rwanda(WAR)」から、BPを使った挨拶状の注文を受けたと、セルセがデザインしたB5サイズのカードを持参しました。
併せて新たなデザインのBPカードも見せてくれましたが、いずれもレベルの高い素晴らしい作品です。

BPにコーヒーで描く「コーヒーペインティング」

また、キガリで偶然お会いした画家の鈴木掌さんが、BPにコーヒーで描く「コーヒーペインティング」を紹介してくださり、BPとコーヒーの素朴で暖かな色合いと質感に、新たなアートの可能性が見えてきました。さらに、BPにバナナ茎の皮で描くアート作品も、チャレスにアドバイスして、人気商品としたいと考えています。
今回は、これまで数年にわたって蒔いてきた種が、少しずつ根を張りだし、ようやく葉を広げようとしている、確かな手ごたえを感じました。今後、彼らの自発的な製作・販売への意欲が実り、マーケットの拡大と、その結果、BPに関わる人達の雇用が増えていくよう、応援したいと思います。

2/4 Miyove(ミヨベ)の子供たちにBPペンホルダー(ペン入り)100本を贈呈

帰国前日の2/4、Miyove(ミヨベ)の児童教育施設を訪問し、キブンゴで製作したBPペンホルダー100本に、それぞれボールペンを入れて子供たちに贈呈しました。 

訪問した「Miyove (ミヨベ)Early Childhood Development and Family Centre(ECD&F)」は、キガリから北へ車で2時間半ほど登ったGicunbi(ギチュンビ)という町の、ウガンダやコンゴ国境に近い、山の頂上に建設された施設です。
狩猟を生業として定住していなかった人達に、UNICEFやUSAIDなどの支援で家々を建て、村落を作って定住させた地域で、その子供達(150~160人)そして母親達に、保険・衛生・栄養など生活の基本的な知識や行動を教える施設です。なお現在は福島を拠点とするマリールイズさんが主宰するNPO「Think about Education in Rwanda (TER)」が支援しています。
日本を発つ前にロバートとガサナにペンホルダー100本を注文し、現地で受けとり、それぞれにボールペンを入れ、ベビークラス以外の100人の生徒に贈呈しました。最初の子供のポケットに入れてあげると、皆一様に自分でポケットに入れてとっても嬉しそう!笑顔で胸を張っていました。かなりの僻地で働くスタッフはどんな気持ちで?など、色々聞きたいと思いましたが、時間的に長居できなかったので叶いませんでした。
通い慣れたキブンゴ(キガリの東南部)とは異なる、高地での厳しい暮らしを強いられる人達の姿も印象的でした
a-⑦ギチュンビの中心地
a-⑧山の頂上には、コンゴからの難民施設
a-⑨給食の時間
a-⑩施設のスタッフ達と
a-⑪一人一人に差し上げました
a-⑫ポケットに入れて嬉しそう